2014年11月3日月曜日

ちょっと顔出し

再開して活用してみようかな プロフィール、見直し
ペンネーム:谷回にゃんご


使い方、忘れてる
投稿はどうすりゃいいの?

2011年4月27日水曜日

ブログ引越し

風吹くよき日のグーグルブログ。

引越しします。

チェンジの年だからブログも心機一転します。

どこへ?

風の吹くまま、アメーバブログ。

「天と地と人生マイペンライ」

検索で出るのかまだわかりませんが、今日からアメブロやってます。

長い間グーグルブログにはお世話になりました。ありがとう。

これからはアメブロをよろしく。

マイペンライ

2011年4月14日木曜日

桜咲く




こんなときでも桜は咲いている、平常心で立派に咲いている。健気なもんだ、
今年の桜は格別だ。
心に留めるためにスケッチに行った。





幕張の花見川交通公園の桜は美しい。
地震のために地盤沈下、陥没、液状化の傷跡が生々しい。交通公園は閉鎖しているが家族連れが静かに桜を愛でている。

ありがとう、桜。



一つの時代は去り、次の時代が来る。しかし地はいつまでも変わらない。日は上り、日は沈み、

天の下では、何事も定まった時期があり、すべての営みには時がある。
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。

サマンサも桜を描いた。
サマンサのほうが絵がうまい。かなわんなあ。

2011年4月9日土曜日

新学期始まる



ベトナムに帰っていたリンさんが日本に戻ってきた。親の反対もあるが、学校があるしまだ関東は大丈夫そうだし。
でも西船橋のアパートを引越しして新松戸の友達と住むことにしたと言う。
「おとうさん、荷物運んでね。これ友達のマイさんだよ。いっしょに住むの。」

「リン、彼氏のフンさんはどうしたんだ?」



「がうっ!別れた、うーー、がうっ!」(フンはすぐ切れるからうまくいかないってリンさんも自分で言ってたじゃないか。すぐ包丁を振り回すやつは駄目だよ。)

マイさんは日本に来て2年、コンピューターの勉強をしている。ベトナム北部のNGHE AN ゲアン出身。
モンチッチをフランス人形にしたような可愛い女の子。

「マイさんはいくつですか?」

「いくつに見えますか?」 (これに答えるのはやっかいだ)

「えーっと、19歳かな」

「まさか!リンさんと同じですよ」(そうだな、19歳は言い過ぎた、でもリンの年も忘れたよ)

「えーっと、25歳」

「違います!24歳です!」(ほらね、怒られた・・・)

新松戸まで電車は近いけど車は遠い。
「リン、松戸に引越ししたら会えないじゃないか。」

「大丈夫だよ、アルバイトも今まで通り西船だし、近いよ」

引越しが終わり、リンが牛肉のフォーを作ってくれた。3人で食べた。おいしかった。

「マイさんはバイトしてるの?」

「はい、西船橋のお酒の店でホールの仕事です。何にしますか?ってやってます」




週に4日ほどアルバイト。学校があるので不定期。
じゃ、励ましに行ってやらないといかんな。マイさんが西船で居酒屋でバイトをしていることを、マイミクのにいぬま君が知ったらすっ飛んで来るだろうな。内緒にしなきゃ。

フォーを食べながらベトナムのエンさんに電話した。
産まれたそうだ。女の子だ。
おめでとう、よかった。

「パパ、大変だったんだよ。ふたりとも元気だよ。赤ちゃん、見に来てね」

ワシにはとても子供を産む勇気はないな。女はすごい。

チャンさんにも電話してみた。(電話料金がこわい・・・)

「パパ、ほんとにパパ?誰に電話番号を聞いたの?あー、リンさんね。わたし、大丈夫、両親は猛反対してるけど来月日本に戻りたいよ。ベトナム退屈で面白くないの。パパに会いたいよ。」

早く日本が落ち着いてみんなでパーティしたいもんだ。

2011年3月21日月曜日

日本脱出

大震災後、ベトナムの留学生の友達、チャンさんから電話があった。

「パパ、私明日ベトナムに帰ることになった。ベトナムのパパとママが心配してチケットを取ったからすぐ帰って来い、って。」

「チャンは埼玉だから心配ないじゃないか。」

「パパがそんな怖い日本には住めない、帰ってきなさいって言うの。もうチケット取ったからって。だから明日成田から帰るの。」

「でも学校は?」

「休学1年します。それでパパにお願いなんだけど休学費とか学校に払うことできますか?お金送ります。急だから学校の手続きができない。」

「いいよ、手続きするよ。リンさんたちはどうするの、連絡取れたかい?」

「リンはあさってベトナムに帰るって言ってる。」

「わかった、あとでリンに電話入れとくよ。日本は大丈夫なのに。」(あまり自信はないけど)

「パパ、私になにかあったらベトナムに来てね。迎えに行くから、きっとだよ、約束ね。日本がダメになったらベトナムに来てね。私の家に来てね。」

留学生の家族はそりゃあ心配だろうな。日本列島沈没するって思っているだろうな。原発、爆発するし・・・。放射能だらけだし。



ベトナムに去年帰国したエンさんからも電話があった。

「パパ、大丈夫?日本に住めなくなったら私の家に来てね。みんな心配してるよ。私は来週赤ちゃんが生まれるから見に来てね。いつ来る、パパ?」

ワシもいざという時、行くところができてよかったよ。ベトナムはすばらしい、ベトナム人はすばらしい。
優しくてたくましくて美しいベトナム。ありがとう、ベトナム。

日本脱出

ベトナムの留学生の友達、チャンさんから電話があった。

「パパ、私明日ベトナムに帰ることになった。ベトナムのパパとママが心配してチケットを取ったからすぐ帰って来い、って。」

「チャンは埼玉だから心配ないじゃないか。」

「パパがそんな怖い日本には住めない、帰ってきなさいって言うの。もうチケット取ったからって。だから明日成田から帰るの。」

「でも学校は?」

「休学1年します。それでパパにお願いなんだけど休学費とか学校に払うことできますか?お金送ります。急だから学校の手続きができない。」

「いいよ、手続きするよ。リンさんたちはどうするの、連絡取れたかい?」

「リンはあさってベトナムに帰るって言ってる。」

「わかった、あとで電話入れとくよ。日本は大丈夫なのに。」

「パパ、私になにかあったらベトナムに来てね。迎えに行くから、きっとだよ、約束ね。日本がダメになったらベトナムに来てね。私の家に来てね。」

留学生の家族はそりゃあ心配だろうな。日本列島沈没するって思っているだろうな。原発、爆発するし・・・。



そしてベトナムに住んでいるエンさんからも国際電話があった。元気そうだ。

「パパ、大丈夫?日本に住めなくなったら私の家に来るのよ。みんな歓迎してくれるからね。私、来週赤ちゃんが生まれるよ。見に来てね。」

ワシもいざという時、行くところができてよかったよ。ベトナムか、どんなところだろう?
熱くて若くて優しくてたくましいベトナム。
なんてすばらしいベトナムの友人。



2011年3月1日火曜日

三月はもう春なのか

3月は4月からなにか新しいことを始める準備期間だ。

なにかしたい、春だから・・・。



「はつらつと乙女三月ラブ注入」     
       ビゴトラ